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六畳一間に会社を作りました

脱サラして自宅に会社を作りました。副業の心得やらノウハウやらWEBライターやヤフオク!でお小遣いを稼ぎたい人のために情報を発信中!

管理人プロフィール

自宅の六畳一間に会社を作りました。

初めまして、当ブログの管理人、岩田武と申します。

脱サラして自宅の六畳間を借り、事務所にしてフリーランスとしてWEB媒体を中心に「書く仕事」を生業としています。ここに行き着くまでのプロセス、少しだけあなたの時間を頂いて、お読みいただけたら幸いです。

 

社畜人生にピリオドを打つ決断!

「人生は決断の連続である」この言葉は私の座右の銘です。実際決断してきたことに後悔はありません。

私には嫁と子供が3人、あと秋田犬が一匹います。これが私の家族です。不思議なもので独立までの決断に悩みがなく、むしろ「早く独立したい」とその思いが強かったのです。

私は2106年まで中小企業の管理職でした。毎日同じことの繰り返し、トラブル回避のための時間的拘束、簡単に言えば「社畜」です。朝は7時から夜は22時まで、もちろん残業代はある程度でカット、中小企業の悲しい現実です。あなたも同じような思いをしてませんか?

独立は10年前から検討していました。その当時はある大企業の開発部所属で、毎日同じことを繰り返していました。人間関係に悩んだ訳ではないのですが、何か漠然とした不安が心の中に残っていました。「本当にやりたいことはコレなのか?」と自問自答の毎日でした。

学生時代に見た夢は?

あなたは学生時代に何をやりたいか、決めていましたか?

私は小説家になりたかったのです。高校生活の大半を賭け、一本小説を書き上げ、角川書店の新人賞を獲りました。「人生コレで喰ってくぜ」と少年ながら本気でそう行動していました。行動とは不思議なもので、実現に向かう力があります。当時珍しかったAO入試で東京の某大学に合格し、順風満帆な小説家人生が待っているかと思ったのです。

しかし現実は違いました。私よりも才能のある奴がゴロゴロ居たのです。当たり前ですよね?小説家ってほんと星の数ほど居ますから。打ちのめされた私は名古屋へ帰ります。

文章は一端に書けたので、某出版社でアルバイトしていたときのことです。「お前、評論家か何かになれよ」と、強烈な一言でした。

完全に打ちのめされた20代

その一言は強烈に心に残りました。評論家なんてものは頭でっかちの奴がやる仕事だ、俺には無理だ。と決めてしまった私は、地元企業に就職してしまいます。工業系の仕事が楽しく、特許など取り、有頂天だったのでしょう。勤めていた会社の業績が極端に落ちてしまい、特許と共に私は大手自動車部品メーカーに移籍。社畜人生はここからが始まりでした。

社畜でも楽しかった大企業人生

大企業は人を育てません。正確に言うと人を育てるのが下手くそです。当たり前です、毎年何十、何百と新入社員が入ってきますから、いちいち一人ひとり育ててられません。余裕はない現状が今も大企業には残っています。

その点私は気楽な部署でした。就業時間に縛られないフレックス社員だったし、社用車も与えられ、仕事自体は景気にそんなに左右されずにいました。ただ一点、会社こそが正義だ!とは強く思えず、業績で上司を黙らせる事もしばしば。と、ここまでは大変楽しく仕事をしていました、一企業人として、ですが。

周りの反発も強かったのでしょう。2008年秋にリーマンショックの影響から部署異動になり、何故か機械ではなく人を相手にするようになりました。

慣れない毎日、ストップウォッチを持ってはパート従業員の作業時間を測り、週に一度は作業時間のおそいパート従業員に解雇を宣告し、と考えてみたらとてつもなく怖い仕事だったのです。

転職した先の中小企業は日本の縮図だった

2013年、中小企業診断士の資格試験に合格し、転職しました。ある小さな事務所に転職したのですが、そこは日本の縮図、まさに今日本のおかれている疲弊した状況の縮図のような会社でした。
創業者一族が重役につき、従業員に覇気がなく、年度目標すら挙げられない社長。昨日と同じ今日、今日と同じ明日でいいという雰囲気が漂い、停滞こそ正義と叫ぶ社員。上がらない給料に増えるサービス残業。諦めた社員は会社の角でひたすらスマホ鑑賞と、雑談。こんな感じだった。この状態でも会社が存続していくのだから不思議だったが、調べれば調べるほど自分の将来が狭くなっていくのを感じ、それでもと抗いつつ、足りない収入は副業で賄う毎日でした。

独立のきっかけは?

それから3年、ヤフオクやライティング、ブログの運営など、ちょこちょこと副収入が上がり、自分の毎月のお小遣いなら賄えるだけの額を稼げるようになり、仕事もそれなりに売上を上げていました。

きっかけはある企業のコンサル後の収入配分でした。インセンティブを期待して(毎月1,000万ほど売り上げていた)臨んだ昇給会議での出来事です。「これ以上お給料を上げることは出来ません、社員の給料はこのまま固定です」と、冒頭そう宣言されました。絶望しましたね、これから先、どんなに会社に貢献しても会社が肥えるだけで、自分には全く回ってこないのですから。もちろん抗議したが聞き入れる様子もなく、ただただ自分がサラリーマンで無力であることを思い知らされました。

そこから半年、ライティングの技術を上げ、仕事を獲り、そこそこ稼げるようになった12月、かのWelq問題でメインのライティング案件が無くなってしまいます。そう、実は当事者でした。ただし未だに解決されず、WEBだけで調べた粗悪な記事を垂れ流しているサイトはまだ多いのですが。

退職も決まっていた矢先の出来事で驚いたが、「人に任せて仕事をもらう」この形態は事業としてどうなのか?と見直すのにいいきっかけになりました。

そして2017年、独立、フリーランスのライターとして今に至るのです。

フリーランスのライターとして出来ること

こちらのブログは私が培ったノウハウを余すところなくお伝えしようと立ち上げたブログです。これから先、六畳一間からスタートです。

これを読んでいただいた読者様、あなたがもし今の収入に満足していないのなら、私がその収入を上げるお手伝いをします。

今後はライティングノウハウをまとめたメールマガジンや私が半年で安定した収入を実現したヤフオク記事「ヤフオクで月5万、副収入を得る方法」や副業に役に立つ法令(特に税金関係)の記事、お役立ちニュースなどこちらで配信していきます。

メールマガジンは只今準備中です。基本的にブログの記事なのですが、ブログより一歩踏み入れた記事を配信していきます。準備が出来次第、お知らせします。

また個人的にヤフオクのノウハウを教えてほしい、副業コンサルタントや個人事業のコンサルタントをお願いしたいという方にもサービスを展開していきます。

 長文になりましたが、おつきあい頂きましてありがとうございました。今後の「六畳一間に会社を作りました」にご期待下さい!!

2017年吉日 はろクリエイト代表・岩田 武